ロシア・旧ソ連の外交・軍事に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。…
基礎知識 問題47
ロシア・旧ソ連の外交・軍事に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。
- (1)1853年にロシアはオスマン朝トルコとウクライナ戦争を起こし、イギリス・フランスがトルコ側に参戦して、ウィーン体制に基づくヨーロッパの平和は崩壊した。
- (2)第一次世界大戦の末期の1917年に、ロシアでいわゆる名誉革命が生じ、革命政権は「平和に関する布告」を出し、社会主義インターナショナルの原則による和平を求めた。
- (3)独ソ不可侵条約・日ソ中立条約を締結してから、ソ連は1939年にポーランドに侵攻して東半分を占領し、さらにフィンランドとバルト三国とスウェーデンも占領した。
- (4)1962年にキューバにソ連のミサイル基地が建設されていることが分かり、アメリカがこれを空爆したため、キューバ戦争が起こった。
- (5)1980年代前半は新冷戦が進行したが、ソ連の最高指導者ゴルバチョフは新思考外交を展開し、1989年の米ソ両首脳のマルタ会談において、東西冷戦の終結が宣言された。
正答 (5)
正答は (5)。これが妥当です。
1980年代前半は、ソ連のアフガニスタン侵攻(1979年)などをきっかけに米ソの対立が再び強まり、「新冷戦」と呼ばれました。1985年にソ連の最高指導者となったゴルバチョフは、国内のペレストロイカとともに、軍縮や対話を重視する「新思考外交」を進めました。1989年12月の地中海のマルタ島での米ソ首脳会談(ブッシュ大統領とゴルバチョフ書記長)で、東西冷戦の終結が宣言されました。
【ほかの選択肢】
(1) 妥当でない
1853年にロシアとオスマン帝国の間で始まり、イギリス・フランスがオスマン帝国側に参戦した戦争は、クリミア戦争(1853〜56年)です。「ウクライナ戦争」ではありません。
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(2) 妥当でない
1917年にロシアで起きたのはロシア革命(二月革命・十月革命)です。「名誉革命」は1688〜89年のイギリスの革命です。また、「平和に関する布告」は十月革命後のソビエト政権が出したもので、無併合・無賠償・民族自決の原則による即時講和を呼びかけました。
(3) 妥当でない
独ソ不可侵条約は1939年8月ですが、日ソ中立条約は1941年4月で、ソ連のポーランド侵攻(1939年9月)の後です。また、ソ連はフィンランドに侵攻し(冬戦争)、1940年にバルト三国を併合しましたが、スウェーデンは占領していません。
(4) 妥当でない
1962年のキューバ危機では、アメリカはキューバへのソ連のミサイル基地建設に対し海上封鎖(臨検)で対抗しましたが、空爆はしておらず、ソ連がミサイルを撤去することで戦争は回避されました。
出典:令和4年度 行政書士試験 問題47(一般財団法人行政書士試験研究センター公表)出典元ページ
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